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スポーツは進化する道を間違えた 

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昨今、いろいろと議論されているスポーツのあり方についてですが、ごくごく私的な意見を書かせて頂きます。
(体罰等の問題とはあまり関係ありません)

スポーツは戦争の代償行動

昔から人間は、動物を狩ったり、人間同士で戦争する歴史を続けて来ました。すなわち、人間の「闘争心」は遺伝子に刻まれている本能だと考えることができます。

しかし、最近の世界では社会が徐々に成熟し、平和であるためのルールが多く設けられています。そのため、「闘争心」という本能は、無理やりに封じ込められています。これはとても不健全な状態です。

そこで、現れたのがスポーツであり、ある一定の競技ルールの中で、闘争を行うことが出来るようになりました。これは非常に平和に貢献していると思います。

誰しも、学生の頃に体育や部活動で、相手と戦術を競い合うのに興奮を覚えたと思います。そういったことが、本能的な満足感に繋がり、抑圧された欲求を解消できていたのだと思います。スポーツの重要性というのは、本来こういった事にあったのではないかと考えています。

スポーツは本来の意味を失っている

最近のスポーツは、勝つことが重要視されているように感じます。そして、勝つためにトレーニングは激しく行われ、学生の部活動では自主性は殆ど無いように感じます。

厳しく行われるスポーツの指導は、礼儀作法を学んだり、体力づくりを行うのにとても効果的だと思います。ただ、残念ながら、厳しく辛いスポーツでは「闘争心」を解消することは出来ないと思います。

スポーツは自分でやってこそ意味がある

もうひとつ、今のスポーツについて気になっていることがあります。それは、スポーツが「見る」ものになっているということです。プロ野球やプロサッカーが好きで見ている人は多いと思います。しかし、その中で実際にスポーツを行なっている人というのは、案外少ないんではないかと思います。

「スポーツはある一定の技術力がある集団が行うもので、素人はそれを鑑賞するものだ」、と言うことになってきているのだとしたら、残念なことだと思います。スポーツは誰しも、楽しく参加できて「闘争心」をぶつけられるようなものであるべきだと思います。

スポーツを見て得られるものが感動だとしたら、実際にプレイして得られるものは充足感みたいなものだと思います。この2つは感覚的に大きく異なっているんじゃないでしょうか。

最後に

今のスポーツには教育的なものが求められたりしていて、「闘争心」を解消する以上によっぽど重要な役割を果たしているようにも思えますが、本来の役割がかなり薄れていることは確かです。もうちょっと、違った枠組みがあってもいいんじゃないかと思います。

おわり



以下駄文
スポーツでは、ふざけないで真面目に本気で相手と戦った時が一番充足感を得られると思います。
ちなみに、以上の文章は、スポーツが「闘争心」を解消するためのものだという仮説をもとにして書かれています。仮説の根拠はありません。

たまに、こういったブログと関係ない事書いちゃうけど、だいたい思いつきだから、結局あんまりまとまりがないm(_ _)m
こういった文章を書こうとすると、実は結構な量の検証が必要になるんだけど、そういうの面倒だから、あんまりしてない。
最近、卒論を書いてるんだけど、理系の卒論ってただ機械的にしるしていくだけの所が多いから、別に文章スキルも上がらない。


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[ 2013/02/02 00:03 ] その他 | TB(0) | CM(0)
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